OGURA Koshiro

Kabukicho (Reprise)
都市の冗長

_卒業設計(2018)

_受賞:
大岡山建築賞銀賞, 2018年度卒業設計(学内2位)
中山英之賞, 三大学卒業設計合同公開講評会 2018
田根剛賞, 第28回 JIA東京都学生卒業設計コンクール

日本有数の歓楽街、新宿歌舞伎町
小規模なテナントビルが立ち並び、居酒屋やバー、風俗店舗などがひしめき合う魅力的な盛り場だが、この数十年間「浄化政策」のもとにその魅力は脅かされ続けている。近年ではコマ劇やミラノ座といった歌舞伎町の中心となっていた大規模な劇場の建て替え計画が続き、来たる東京五輪に向けて急速に「浄化」が進んでしまうことが懸念されている。本計画では、歌舞伎町の一つの中心とも言えるコマ劇広場に面した劇場であるミラノ座の跡地再開発計画に対してオルタナティブを提案する。

敷地である歌舞伎町は産業として、あるいは文化として多くの側面を持った場所であるが、そこを訪れたときもっとも魅力的な空間は何か、それは雑居ビルの隙間だと私は思う。実はこの空間は、単に向かい合う雑居ビルのそれぞれの敷地にすぎないのだが、ビルの所有者や管理者ではない街場の人にとっては公共空間である。日本には西洋のような広場がなく、街路が公共空間であると論じされて久しいが、ここ歌舞伎町では、街路空間とこのような隙間の空間を分け隔てるものは、法律を除いてはほとんど何もない。

日本では、いわゆる「一敷地一建物の原則」から、このような隙間の空間が発生するのは必然である、海外のように密集地の建物で隣の敷地の建物と壁を共有することは現在ありえない。このような隙間は、建物のバックヤードとして処理されるのが普通である。歌舞伎町を歩いてみてもそこは非常階段や設備配管などがまとめられた「裏側」であることがみて取れる。

歌舞伎町では盛り場として発展していく終戦直後から、都市計画家の石川栄耀らによって、多くの人が店を私有できるように、と比較的小規模な区画で開発が行われた。現在の歌舞伎町に小規模な雑居ビルが立ち並び、そして多くの隙間の空間が生じているのはこのためである。そして前述のように隙間の空間は「裏側」であり、極めて経済的にまとめられた非常階段や設備配管は、ひしめき合う雑居ビルを機能的に支えている。建物だけでなく街全体にとってこの隙間の空間は、いわばインフラストラクチャとして機能すると見立てることもできる。

無数の雑居ビルが存在する歌舞伎町であるが、実はそのスカイラインを見るといくつかの層を成すように、類型的に建物が分布している。グラフから明らかなように、歌舞伎町の建物の屋上高さの分布はいくつかのピークがある。これは敷地への接道や容積率といった周辺環境と制度を反映したものであるが、このような高さ関係にある建物上空を先に述べたビルの隙間の空間の延長と捉えることにすると、これらは立体的に繋がった「アーバンヴォイド」である。

以上でみてきたような歌舞伎町の空間を特徴付ける「アーバンヴォイド」は、建築として計画することができるだろうか。これが今回の提案である。このような都心の再開発では、容積を経済的に集約した超高層ビルが最適となり、地域の特性を反映しない単一の構成を取りがちである。
敷地であるミラノ座跡地は、劇場や映画館の入る大規模な建物の並ぶエリアであり、南側には西武新宿駅前の小規模な雑居ビル群も広がっている。敷地周辺のエリアごとに異なる様相の広がっているこの場所の特性を引き受けるべく、ひとまず、周辺建物の隙間を平面的に延長して、敷地内に隙間を引き込んでみる。

さらにこの隙間を、地表部に近い平面だけでなく、屋上面の集合という仮想的な境界である都市のスカイラインにしたがって計画する。ふつう高層建築の設計において考慮されるのは下層部の街路や周辺との接続、また高層部では主に経済効率によって基壇とタワーをもつ典型的な構成が決定されているが、この手法はこれまで無視され続けてきた都市上空の文脈によって低層部から高層部までを一体的に構成する新たな計画手法である。この構成は、均質な大空間を目指していた近代建築でのメガストラクチャーのあり方ではなく、冗長な構造により複雑性を担保するメガストラクチャーの新しいあり方の提案でもある。

こうしてできた隙間の空間は水、電気、空調、排煙などのパイプや人間など様々な事物の動線になる、つまり歌舞伎町の隙間と同じ公共空間である。以上からこの建築によって「都市における新たな公共空間を生み出す」とことが可能になると考える。平面的に集約されたコマ劇前広場のような伝統的な広場の公共空間ではなく、平面的には接続していないが同じ空間を共有する、新しい公共空間の形を提案する。